福岡地方裁判所 昭和28年(行)5号 判決
原告 彌永文蔵
被告 福岡県知事 外一名
一、主 文
被告福岡県知事が別紙目録表示(1)及び(2)の二筆の土地につき昭和二十四年七月七日附を以て、同(3)乃至(5)の三筆の土地につき昭和二十五年二月十八日附を以てなした各買収処分は、いずれも無効であることを確認する。
被告井上嘉昭は、別紙目録表示(1)及び(2)の二筆の土地につき福岡法務局山川出張所昭和二十四年十二月五日受付を以て、同(3)及び(4)の二筆の土地につき同出張所昭和二十五年五月十八日受付を以て、同(5)の土地につき同出張所同月十二日受付を以て、いずれも同被告のためなされた所有権取得登記の抹消登記手続をしなければならない。
訴訟費用は、被告両名の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、請求の原因として次のように述べた。
「別紙目録表示(1)乃至(5)の各土地は、いずれも原告がこれを所有していたものであるが、訴外山本村農地委員会は、右各土地を原告がその住所のある市町村外において所有する小作地と認定して、右(1)及び(2)の二筆に対しては昭和二十二年七月二日、同(3)乃至(5)の三筆に対しては同年十二月二日を買収期日としてそれぞれ農地買収計画を定め、被告福岡県知事は、右各買収計画に基き、右(1)及び(2)の二筆については昭和二十四年七月七日附を以て、(3)乃至(5)の三筆については昭和二十五年二月十八日附を以て、いずれも原告に対する買収令書の交付に代え福岡県公報に法定の事項を登載公告して、買収処分に及び、なお、右買収を前提として昭和二十二年中に被告井上嘉昭に対し右五筆の土地を売り渡し、その結果前期(1)及び(2)の二筆については福岡法務局山川出張所昭和二十四年十二月五日受付を以て、(3)及び(4)の二筆については同出張所昭和二十五年五月十八日受付を以て、(5)については同出張所同月十二日受付を以て同被告のため所有権取得登記がなされた。
しかし、右農地買収計画及びこれに基いてなされた本件買収処分には、次のような違法がある。
(一) まず、以下述べる理由から明らかなとおり、本件五筆の土地は、いずれも前記買収計画樹立当時農地には該当しなかつたものである。すなわちこれらの土地は、かつて原告が居住していた家屋鋪の一部を占める狭隘な一廓にすぎない。そして、右の内別紙目録表示(1)の五十二坪の土地には、現に樹齢四、五十年の柿の木が八本位生立し、従来からその下の大部分は家庭菜園で、殊に同地の一部約二坪は、墓地となつていたものであり、また同(2)の五十二坪の土地にもかつて同じ位の樹齢の柿の木が数本生立し、その下を家庭菜園として利用されていたが、昭和二十一年五月頃同地を被告井上嘉昭に賃貸するに及び、同被告はこれらの樹木を伐採し去りここに家屋を建築し、爾来同地は完全な宅地となつて現在に至つているものである。また同(3)及び(4)の各五歩の土地はいずれも本件買収計画樹立当時から現在に至るまで竹藪であるし、同(5)の二十七歩の土地も右買収計画樹立当時は竹藪であつたが、同被告がいつの間にか無断でこれを開墾し現在は家庭菜園となつているものである。それ故本件五筆の土地はこれに対する買収計画樹立当時自作農創設特別措置法(以下「自創法」と略称する)第二条第一項前段に定義する「農地」の観念から程遠いものであり右買収計画及びこれに基きなされた本件買収処分には農地としての買収の要件を具えないものを対象としたという瑕疵があるといわなければならない。更に右(3)乃至(5)の三筆の土地がいずれも竹藪であつたことは前述のとおりであるからこれが買収については未墾地買収の手続によらなかつた点にも違法があるというべきである。
(二) 次に、本件買収計画及び買収処分は、被告井上の買受申込に基いてなされたものであるが、右買収当時同被告は、十六、七歳の無職者で、もとより耕作の経験を有せず、家業としてはその母が理髪業を営んでいたにすぎず、現に本件土地を政府から売り渡された後も、農作物を供出したことも農業協同組合に加入したこともないものであつて、もとより自創法第十六条第一項所定の買受適格者ではないから、この点においても右買収計画及び買収処分には違法があるといわなければならない。
(三) なお、被告福岡県知事は、原告の住所を知りながら買収令書の交付に代え公告の方法によつて本件土地を買収したもので買収対価の提供もしていないから右の点においても本件買収処分は違法である。
以上詳述した事情は、本件買収処分を無効たらしめるに充分であるから、原告は、これにより本件五筆の土地の所有権を喪失するいわれなく、かりにしからずとするも、被告井上がいわゆる買受適格者でないことは前述のとおりである以上、同被告の買受申込に基いてなされた本件土地の売渡処分は無効であり、同被告はこれによりこれらの土地の所有権を取得しなかつたものといわなければならない。
よつて原告は、本件買収処分の無効確認、並びに、被告井上の本件土地の所有権取得登記の抹消登記手続を請求するため、本訴に及んだ次第である(立証省略)。
被告福岡県知事指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のように述べた。
「原告主張の請求原因事実中、別紙目録表示(1)乃至(5)の各土地がもと原告の所有であつたこと、訴外山本村農地委員会は、右各土地を不在地主たる原告の所有小作地と認定して、原告主張の各年月日を買収期日として二回にわたりこれが買収計画を定め、被告福岡県知事は、右各計画に基き原告主張の年月日に二回にわたり、買収令書の交付に代え福岡県公報に法定の事項を登載公告して、右五筆の土地につき買収処分をし、且つ、右買収を前提として昭和二十二年中に被告井上嘉昭に対しこれらの土地を売り渡したことは、これを認める。
しかし、右農地買収計画及びこれに基いてなされた本件買収処分には、別紙目録表示(2)の土地を除く四筆に関する限り、何等原告が主張するような違法の点は存しない。すなわち、右四筆の土地は、被告井上嘉昭が昭和二十一年五月頃原告から賃借する以前から畑として利用されていたものであり、右賃借後も、同被告の母においてこれを耕作して来たものである。そして、本件買収計画樹立当時、所有者たる原告の住所は本件土地の所在する福岡県三井郡山本村外にあつたから、右四筆の土地は、当時自創法第三条第一項第一号に該当する不在地主の所有小作地であつたといわなければならない。果して然らば、これらの土地は、小作人その他の者から買受申込の有無を問わず当然買収さるべき筋合のものであつたから、被告井上嘉昭の買受適格を云々して右買収計画及び買収処分を違法であるとする原告の主張は、法律上理由のないものである。更に被告が買収令書の交付に代えて公告の方法を以て本件土地を買収したのは、当時原告の住所が不明であつたからであり、また、被告は、別紙目録表示(1)及び(2)の二筆については昭和二十七年(金)第四、二二九号を以て、同(3)乃至(5)の三筆については昭和二十五年(金)第一五、六九二号を以て、それぞれ買収農地の対価を福岡法務局に供託しているから右の点につき本件買収処分には手続上の違法は存しない筈である。
もつとも、別紙目録表示(2)の土地については、買収計画樹立当時宅地であつたことがその後判明したので、訴外山本村農業委員会は、福岡県農業委員会の承認を得た上、昭和二十七年十月十日附を以て同地に対する買収計画を取り消したものである(立証省略)。
被告井上嘉昭訴訟代理人は、被告福岡県知事と同趣旨の判決を求め、答弁として次のように述べた。
「原告主張の請求原因事実中、別紙目録表示(1)乃至(5)の各土地がもと原告の所有であつたこと、訴外山本村農地委員会は、右各土地を不在地主たる原告の所有小作地と認定して、原告主張の各年月日を買収期日として二回にわたりこれが買収計画を定め、被告福岡県知事は、右各計画に基き原告主張の年月日に二回にわたり、買収令書の交付に代え福岡県公報に法定の事項を登載公告して、右五筆の土地につき買収処分に及んだこと、そして被告井上は、昭和二十二年中に政府からこれらの土地全部の売渡を受け、且つこれを原因として原告主張の各年月日に前後三回にわたり所有権取得登記手続をしたことは、いずれもこれを認める。
しかし、右五筆の土地に対してなされた前記農地買収計画及び買収処分には、何等原告主張のような違法の点は存しない。その根拠については、被告福岡県知事が別紙目録表示(1)、(3)、(4)、(5)の四筆について主張するところをそのまま援用する。
(なお、被告井上本人は、昭和二十八年六月三日午前九時の口頭弁論期日において、被告福岡県知事及び訴取下前の被告山本村農業委員会との共同作成名義の答弁書に基き、別紙目録表示(2)の土地が買収計画当時宅地であり、山本村農業委員会は、これを理由として右計画を取り消したとの事実を認めたけれども、右答弁書は、事実上前記共同被告両名の指定代理人等の作成にかかり、被告井上本人は、右指定代理人等から指示されるまま自己の名下に押印したけれども、同答弁書の記載内容を知らなかつたものであつて、右陳述は、真実に反し錯誤に基くものであるから、これを撤回する。)
かりに原告が主張するように、本件五筆の土地が自創法第二条第二項にいわゆる農地にあたらないとすれば、これに対する買収計画及び買収処分には、同法第三条所定の買収の要件を具えぬ土地についてなされたという違法があることは否めないけれども、右違法は、取消原因たるにすぎず、当然無効の事由たり得ぬものである。けだし、同法条の規定は、これに違反してなした行政処分を当然無効とする趣旨のいわゆる能力的規定ではなく、農地所有者保護の必要性と自作農創設の必要性とを適当に調和させるため、対象となる農地について買収に関する行政処分の基準を示し右基準に従つて買収をなすべき旨を命ずる命令的規定であると解するを相当とするから、この規定に違反してなされた行政処分は取り消し得べきものであるに止まり、無効となるものでないからである。
最後に、本件五筆の土地に対してなされた買収処分が適法であることは前述のとおりであり、被告井上は、右買収処分を前提として適法に政府からこれらの土地の売渡を受けたものであり、現に右土地の所有者であるから同地の所有権取得登記の抹消登記義務の履行を求める原告の請求は、理由のないものである。
三、理 由
別紙目録表示(1)乃至(5)の各土地は、もといずれも原告の所有にかかり、昭和二十一年五月以降被告井上嘉昭がこれを賃借していること、訴外山本村農地委員会は、これらの土地を不在地主たる原告の所有小作地と認定して、右(1)及び(2)の二筆については昭和二十二年七月二日、同(3)乃至(5)の三筆については同年十二月二日をそれぞれ買収期日として農地買収計画を定めたこと、被告福岡県知事は、右各買収計画に基き、右(1)及び(2)の二筆に対しては昭和二十四年七月七日附を以て、(3)乃至(5)の三筆に対しては昭和二十五年二月十八日附を以て、いずれも買収令書の交付に代え福岡県公報に法定の事項を登載公告し、以て買収処分に及んだこと、政府は、右買収を前提として昭和二十二年中に被告井上嘉昭に対し右五筆の土地を売り渡し、その後右売渡を原因としてこれらの土地につき同被告のため原告主張の日に所有権取得登記がなされたことは、いずれも当事者間に争いがない。
よつて、以下本件五筆の土地が、これに対する買収計画樹立当時農地であつたかどうかについて判断を進める。
自創法にいわゆる「農地」とは、同法第二条第一項前段に規定されているとおり「耕作の目的に供される土地」をいうのであるが、問題の土地が耕作の目的に供されているかどうかは、土地の形態、環境、規模、使用状況、その他各般の事情を考慮に入れてこれを判定しなければならない。そして、証人彌永平男、同彌永茂太郎、同彌永守太、同井上ソデ及び同柴田正人の各証言、原告本人訊問の結果、並びに、検証の結果を綜合すれば、本件五筆の土地は、日本国有鉄道久大線善導寺駅の南々西約一キロメートルの、小規模の菜園や柿の木の生えた庭を有する農家が散在する部落中に位置し、相接してほぼ長方形の一廓をなしているが、その大きさは、わずかに南北約百尺、東西約六十尺にすぎず、面積の点だけでも独立の農業経営の用に供するに充分でないこと、右一廓の内別紙目録表示(1)の土地(五十二坪)には、従来から樹齢数十年の柿の木が数本不規則な間隔を置いて生立し、被告井上がこれを賃借するようになつた後、同地の一部は畑として使用されてはいるが、春から秋にかけては柿の葉が茂り、殆ど畑としての効用をなさぬ上、同地の一部約二坪には、古くから原告家の墓地が設けられて現在に至つていること、同(2)の土地(五十二坪)にはかつて柿の木が若干植えられていたこともあるが、昭和二十一年五月頃被告井上においてこれを賃借した後程なく、同被告がこの地上に建坪十数坪の居宅を建築して以来、同地は全くの宅地と化していること、同(3)(五歩)、同(4)(五歩)及び同(5)(二十七歩)の三筆は、公簿上の地目では山林となつているが、その実本件一廓の土地の周辺部の細長い極く狭隘な区域で、もとは竹藪になつていたが、被告井上がこれを賃借するようになつてから、勝手に開墾の上家庭菜園として利用されているにすぎないことが認められる。
およそ自創法第三条第一項に基く農地買収計画、並びに、これに基く買収処分が有効であるためには、その対象となる土地が同法にいわゆる農地であることが重要な要件であるところ、右認定の事実に徴すれば本件五筆の土地がいずれも右農地に該当しないことは疑を容れる余地なく、しかもそのことは、外観上明白であるというべきであるから、右行政処分は、その所期するところの効力を生ずるに由なく、当然無効であると断ぜざるを得ない。被告井上は、右瑕疵は本件行政処分の取消原因たり得ても無効原因とはならぬと主張するが、叙上の理由により、当裁判所は、にわかにこれを採用することはできない。
被告福岡県知事は、本件買収処分中別紙目録表示(2)の土地に関する部分は違法であつたことを自認し、右買収処分の前提たる同地に関する買収計画は、昭和二十七年十月十日訴外山本村農業委員会においてこれを取り消したと主張するが、その前昭和二十二年中に右買収を前提として同地が被告井上嘉昭に売り渡されたことは当事者間に争いのないところであり、その後有効に右買収計画取消の手続が行われたと認め得べき形跡もない以上原告は、同被告に対する関係においても本件買収処分中同地に関する部分の無効確認を求める利益があるものといわなければならない。
よつて原告の本件買収処分の無効確認を求める請求は、被告井上に買受適格ありや否や、右買収処分が買収令書の交付によらなかつた点に手続上の瑕疵ありや否やに対する判断を俟つまでもなく、正当である。
更に、本件買収処分が無効である以上、これにより原告が本件五筆の土地の所有権を喪失し、被告井上が右買収処分を前提とする売渡により右所有権を取得するいわれは存しないから、同被告に対し、これらの土地の所有権取得登記の抹消登記手続を求める原告の請求も、正当であるといわなければならない。
よつて、原告の請求をすべて認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 鹿島重夫 大江健次郎 戸根住夫)
(目録省略)